大判例

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熊本地方裁判所 昭和25年(行)24号 判決

原告 永野邦男

被告 三角町選挙管理委員会

一、主  文

原告の請求はこれを棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

二、請求の趣旨

原告は「被告が昭和二十五年六月二十二日三角町議会解散請求者署名簿の署名のうち四百八十一名の署名を無効と決定しその旨の証明をなした処分はこれを取り消す」旨の判決を求めた。

三、事  実

「原告は昭和二十五年五月四日三角町議会解散請求代表者として被告に同町議会解散請求代表者証明書の交付を申請したところ、被告は同日原告に右証明書を交付し、かつその旨を告示したので、原告は直ちに同町議会解散請求者署名簿に同町における選挙権を有する者の署名捺印を求め、同年六月三日法定必要数以上の連署を終り、同日右署名簿を被告に提出してこれに署名捺印した者が同町の選挙人名簿に記載されていることの証明を求めたところ、被告は同月二十二日右名簿の署名のうち四百八十一名の署名が代筆したものであることを理由としてこれを無効と決定し、その旨の証明をなし、同日原告にこれが通知をなした。原告は被告の右処分を不服として直ちに異議を申立てたが、被告は同月二十八日これを却下しその通知書は同日原告の許に到達した。ところで原告は被告が右四百八十一名の署名を代筆したものであると認めたことについては格別の異存はないけれども、地方自治法上議会の解散請求における請求者署名簿の署名は、自署したものゝ外、代筆によるものも有効であると解すべきであつて、被告委員会がこれを無効と決定したのは誤りである。蓋し議会の解散請求をなすには廣い地域で、しかも請求代表者の告示がなされた日より一箇月(都道府縣にあつては二箇月)の短期間内に選挙権を有する者(以下有権者と略称する)の三分の一に達する多数者の署名を求めねばならないので、一々有権者についてその自署を求めることは事実上殆んど不可能というべく若し右署名を自署に限るとすれば折角同法で認められた議会解散請求の制度は全く空文に帰する結果となるばかりでなく、実際上も議会解散請求の趣旨を理解してこれに賛同し自ら解散請求の意思を決定した有権者が、偶々他の者をして署名簿に自己の氏名を記載せしめた上印をおすことは何等差支えなく、むしろ社会の実情から考えればこのような署名の効力を認めるのが右制度運用の本旨に沿う所以である。殊に公職選挙法においては投票につき、身体の故障又は文盲に因り自ら投票用紙に候補者の氏名を記載することのできない選挙人に対し他の者の代筆による投票(代理投票)の制度を認め、選挙権をなるべく廣く行使せしめる途を開いているのであつて、これを地方自治法上議会解散請求における署名簿の署名が單に議会解散投票の前段階として解散可否の法律的輿論調査という程度の意味をもつにすぎないことゝ対比して考えれば、右署名簿の署名については代筆によるものも当然有効なものと解釈し、国民固有の権利として認められた地方住民の議会解散請求の権限をできるだけ廣く行使せしめるべきで、又このように解釈するのが憲法及び地方自治法の本來の精神に合致するものというべきである。よつて原告は被告が本件署名簿の署名についてなした措置は法の解釈を誤つた違法のものであると確信するので、本訴請求に及んだ次第である。」と陳述した。

被告代表者は主文同旨の判決を求め、答弁として、「原告が昭和二十五年五月四日三角町議会解散請求代表者として被告に同町議会解散請求代表者証明書の交付を申請したので被告が同日原告に右証明書を交付し、且つその旨を告示したこと、原告が同年六月三日同町議会解散請求者名簿を被告に提出して原告主張のような証明を求めたが、被告は同月二十二日右名簿の署名のうち四百八十一名の署名が代筆したものであるとしてこれを無効と決定しその旨の証明をなし、同日原告にその通知をなしたこと、これに対し原告より異議の申立があつたけれども被告は同月二十八日これを却下しその通知書が同日原告の許に到達したことは爭わない。被告は原告の提出した右署名簿を審査した結果、前記四百八十一名の署名が代筆したものであつたのでこれを無効と決定してその旨を証明したのであるが、地方自治法の議会解散請求における署名簿の署名は必ず自署することを要するのであつて代筆による署名は法令の定める正規の手続によらないものとして無効である。このことは地方自治法施行規則第十一條、第九條による議会解散請求署名審査録様式中審査の項第(八)に署名簿の署名が本人の自署でないと認められるので無効と決定したという趣旨の文例があるに徴しても明らかであつて被告の見解に誤りはない。原告は議会解散請求者署名簿に悉く有権者の自署を求めることは不可能であるから代筆による署名を認めるべきであるとなし、又公職選挙法の代理投票の制度を根拠として代筆による署名が有効であると主張するけれども、議会解散請求の代表者は他の者に委任して署名簿の署名を求めることもできるからこの方法を活用すれば有権者の自署を求めることが必ずしも不可能ではなく、又公職選挙法における代理投票は特別の場合嚴重な不正防止の制限の下になされるのであつて、このような規定のない議会解散請求の署名簿の署名について代筆による署名を有効と認めるべきであると説くのは当らない。從つて代筆による署名が有効であることを前提とする原告の本訴請求は失当として棄却せらるべきものである。」と述べた。

四、理  由

原告が昭和二十五年五月四日三角町議会解散請求代表者として被告に同町議会解散請求代表者証明書の交付を申請したので、被告が同日原告に右証明書を交付し、且つその旨を告示したこと、原告が同年六月三日同町議会解散請求者名簿を被告に提出してこれに署名捺印した者が同町の選挙人名簿に記載されていることの証明を求めたところ、被告が同月二十二日右名簿の署名のうち四百八十一名の署名が代筆したものであることを理由にこれを無効と決定しその旨の証明をなし同日原告にこれが通知をなしたこと、これに対し原告が異議の申立をしたけれども同月二十八日被告はこれを却下し、その通知書が同日原告の許に到達したこと及び右四百八十一名の署名がいずれも代筆によつてなされたものであることは当事者間に爭のないところである。

そこで地方自治法の議会解散請求における署名簿の署名が代筆によつてなされた場合の効力について考察すると、元來議会の解散請求は地方自治の運営に極めて重大な影響を與えるものであるからこれが運用に当つては適正且つ愼重な考慮を拂うべきで、苟も濫用せらるべきものでないことは多言を要しないところである。さればこそ法もこの請求を一定の要式に係らしめ、嚴重な要件と愼重な手続に從つてなさるべきものとしているのである。而してこの請求はその実体的要件として有権者総数の三分の一以上の者の連署を以てなすことを要し(地方自治法第七十六條)、且つ右の連署は一定の様式に從つて(同法施行規則第十一條、第九條)請求者署名簿に署名し印をおすことによつてなされる(同法施行令第百條、第九十二條)のであるから、右の署名簿の署名はこの請求をする爲の基本的要件であつて、この請求における最も重要な要素を成すものといわなければならない。ところで法は右の署名について直接氏名を自書すべきことを明示していないけれども一般に法が要式行爲について署名すべき旨を定めている場合は特別の規定のない限り、原則として氏名を自書すべきものと解すべきであるのみならず、右に述べたようなこの請求における署名簿の署名の本質及びこの請求について定められている一連の規定によつて窺われる如く、法が右の署名について高度の形式的安全を強く要求し、この請求において生ずることあるべき不正乃至違法手段による署名の蒐集又は署名についての無用の紛爭を極力防止し、制度の健全な運用を期している法意に徴すれば、右の署名は氏名の自書すること(自署)を必要とするものと解するのが正当である。(又地方自治法施行規則第十一條、第九條に定める同法施行令第百條、第九十四條第三項の署名審査録の様式中審査の項第(八)に署名簿の署名が本人の自署でないと認められるので無効と決定したという趣旨の文例が示されていることから考えても署名簿の署名は自署によつてなされることをその有効要件としていることが容易に推察されるのである。)從つて代筆等自署によらない署名簿の署名はいわゆる法令の定める正規の手続によらないものとして無効であり、又このような署名は署名者の現実の意思が明らかであると否とにかゝわらず無効であるといわなければならない。(なお署名簿の署名は他の者に委任してこれを求めることができるし、(同法施行令第百條、第九十二條第二項)又署名簿の署名については公職選挙法の代理投票の如き特別の規定がないから、原告が署名簿に悉く有権者の自署を求めることは不可能であるとし、又公職選挙法の代理投票を根拠として代筆による署名簿の署名を有効と解すべきであると説くのは正しくない。)

仍て原告の本訴請求は理由がないものとしてこれを棄却することゝし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九條を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 川井立夫 青山友親 下門祥人)

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